第1章

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サムは受付の女性をちらっと伺い、静けさを乱さない程度な小声で、 『彼女には、チップをはずまないのですか』 と、おれをからかった。おれは苦笑いをして、 『このおかえしは、きっとするからな』 と、言って軽くサムを肘でつついた。以前、VCXへ行った時に、出さなくてもいいチップをはずんだと言う失敗談があるのだ。 十五分待った。ドアの向こうで響き渡る男の声がしたと思うと、静かにドアが開かれた。そこから髭そりあとが清々しい恰幅のいい男が現れた。思わず直立不動の姿勢を取ってしまう程の威厳を感じさせる男だ。 『初めまして。日本でライターをしている黒木と言います』 おれが言うと、キャピタル社の副社長は握手を求めた。 『ようこそ』 この一言だったが、笑顔でむかえて歓迎してくれたようだ。 『彼も日本から?』 副社長はサムを見て訊ねた。 『いえ、彼はロスに住む日系人です。ライターではないんですけど、こちらに来てから、私の仕事の手助けをしてくれてます』 『わかりました。それじゃ、中を案内しますので、ご一緒にどうぞ』 副社長は言うと、オフィスへ通ずるドアを開けて、自分から先へ行く格好で入って行った。 キャピタル社は、全体的に見て大きな会社ではあるが、長い廊下な両側に幾つものドアがあり、個々の部屋数はかなり多いが、部屋のスペース自体はさほど広くはない。
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