第1章

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『いや、そうじゃないですよ』 サムはあきらかに泣き笑いしながら、そう言った。おれは、しばらくサムの妙な行動を観察していた。 『どうしただ。何が言いたいんだ』 『いや、客引きと言うのは、客を取るんじゃなくて、観光案内をするんです』 『観光案内?』 『そう。例えば日本人の泊まりそうなダウンタウンのホテルへ行って、客を見つけて来るんです』 おれはここまで聞くと、何か面白そうな気になってきた。そして、また耳を傾けた。 『ロス辺りだと、結構新婚の若い観光客や大学の卒業旅行の客がいるんですよ。で、そいつらにしてみれば、色々な所へ行きたい訳ですよ。昼間の観光はガイドが居るから行けるけど、夜になるとガイドが付かないから何処へも行けないじゃないですか。そこで、ディスコや夜の町を案内すると持ちかければ、乗ってくると思うんですけど、どうでしょう』 『確かにおれにも出来そうだな。それで、今まで成功してるのか』 『まだした事がありません。ぼくは恥ずかしがり屋で、声をかけるのが苦手なんです。その辺りは黒木さんに任せますけど、お金は稼げるし、女の子とも仲良くなれて、一石二鳥じゃないですか』 なるほど。その当時のロスは治安も悪く、夜に出歩くのは危険で、暇をもて余した観光客がロビーにたむろしている光景は、どこのホテルでも見かけていた。 おれの場合も夜は行動範囲も狭くなるし、兎に角、資金を稼がなくてはならない現時点では、丁のいい稼ぎ話ではある。 『まあ、その話は現場で考えるとして、これからキャピタル社へ行ってみたいのだか、付き合ってくれないか』 『構いませんよ。でも、アポイトメントは取ってあるんですか』 『いや、まだ。どちらにしても、ここに1日いても仕方がないだろう。ホテルへ戻って電話を入れてみる。出かける支度もするから』 おれが言うと、一緒に席を立った。
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