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堂本がドアの前に立ったまま、六十過ぎの鈴木に声をかけた。さっきよりも口調は柔らかいが、鈴木を見る目は侮蔑の色が浮かんでいる。
「今日は休んます」
目を瞑ったまま鈴木が返事をした。まだ酒が抜けきっていないようだ。彼の口端から顎まで唾液が伝う。着ているランニングシャツは長期間洗濯をしていないのか、全体的に黄ばんでおり、ところどころ赤いシミが出来ている。むき出しの細い腕はあまり日焼けしておらず弛んでいて、肉体労働者には到底見えない。
吉田は鈴木から目を逸らした。
「あっそう。じゃあ五万、引いとくわ」
小馬鹿にしたように笑いながら、堂本が容赦なく言う。
一日欠勤すると、ペナルティとして月給から五万円引かれるのだ。前月の鈴木の給料はマイナスになっていた。酒や煙草を購入するときも、彼は毎回借用書を書いている。
「お前らは朝飯だ。さっさと来い」
三人は無言でチンピラ風情の男についていく。外に出ると、文明とは縁を切ったような風景が視界に入る。吉田たちが暮らす傾きまくったプレハブ小屋と、五十メートル先にある現場監督と堂本が住んでいる小奇麗な小屋を囲むようにして、木の柵が立っている。ポニーの乗馬コーナーのようだ。
木の柵の向こう側は、鬱蒼とした藪と細い砂利道が存在し、見通しが非常に悪い。
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