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  ホットコーラの夜と、その夜明け  茜色のまどろみの向こうに、僕は聞きなれた親しい足音を聞き分けていた。布団の中で上体を起こしかけて自分の頭が石のように重いことに気づき、仕方なく視線だけをさまよわせる。 「起きたの?」  夕日の入らない所為で陰になった隣のキッチンに、見下ろすような恰好で綾香が立っている。眼が合うと彼女は、両手に提げたスーパーのレジ袋を、無造作に机の上に置いた。 「今、何時」  壁掛け時計のほうへと目をやって、僕は時刻を探す。六時半。秒針がゼロを示して、チラリと光った。 「六時半くらい」 「知ってるよ」 「見るなら聞くな。聞くなら見るな」  綾香は冷蔵庫を開けてみたり、流しの下の収納に手をかけてみたり、忙しく動き回っている。  大学で出会った綾香と付き合い始めて、一年が経とうとしているこの頃、彼女はとみに僕の住む1DKの部屋の、二人目の住人らしくなっていた。醤油はどこだとか、ラップの買い置きはとか、そんなことを訊かれることもいつの間にかなくなっていた。  僕は畳の上でS字を描(か)く長い髪の毛を一つ見つけ、それに手を伸ばそうと寝返りを打つ。頭の中で、鈍い痛みが反響し出した。     
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