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俺は動揺しながらも、嬉しい誤算にニヤけそうな口元を必死に引き締めた。
ナギの右手の指が数度股の間でうごめく。
左手が、そっと俺のハンドルを持つ手に添えられた。
その瞬間――
ナギが俺の手のうえから思い切りハンドルを右にきった。
突然のことに俺はハンドルを制御することも、ブレーキを踏むことも出来なかった。目の前にコンクリートの壁が現れたと思った瞬間、俺の全身は車とコンクリートが奏でるオーケストラの中に放り込まれた。
気が付いた時には、座席から放り出された俺の身体はフロントガラスにぶつかり、足は潰れた運転席に挟まれぐちゃぐちゃになっていた。エアバッグが傷ついた脇腹を圧迫し、足元は何かぬめぬめする液体でびっしょりと濡れていた。
痛む首を必死に左側に向ける。かすむ視界の先で、ナギが暗闇の中で輝きを宿した瞳で俺を見つめていた。
その口元がゆっくりと吊り上がっていく。
「賭けませんか?」
「ナ、ギ……? 救急車、を……」
「テツヤさんが助かるか、助からないか。賭けませんか? 僕は……」
ナギの声が遠くに聞こえる。
ナギの目。
何度となく見た、ギャンブルのときににだけ見せるナギらしからぬ熱っぽい目。
ああ、なんてこった。
結局俺は、ナギのギャンブルの対象でしかなかったのか。
滑るように身体がシートの横に倒れていく。全身が冷たい。
身動きがとれない俺の眼前に、ダッシュボードから落ちたコインが裏面を向けたまま転がっていた。
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