ある賭け狂いの倒錯

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 俺がナギと出会って一緒に住むようになったのは、つい数か月前のことである。  そのころ俺は正社員として勤めていた会社で気に入らない上司をぶん殴ってクビになり、人生のゴミ箱のような工場に勤務していた。  工場といっても力仕事はほとんどない。  英字と数字が組み合わされた荷物が延々と流れてくるコンベアの前に立ち、そのブツを記号に記された場所に運ぶだけの仕事だ。軽度認知障害の治療のような単調で退屈な作業が、朝から晩まで繰り返される。  とても正気の人間が出来る仕事とは思わなかったが、野球場よりでかい工場には結構な数の人間がいた。  大概はじじいやばばあで、色褪せた人生の終着駅手前になんとなく下車してみたような連中ばっかりだ。たまに若いやつがいても、しけたマッチ棒みたいに役立たずなひょろガキや一人で座席をふたつ使うデブや、前衛芸術のような顔面をしたブス女くらいである。  ようはここは人間という生き物に特化した動物園なのだ。  そんな中で、ナギの存在は一際浮いていた。  華奢な身体に長い茶髪を風になびかせて工場を歩く姿は、男も女も老いも若きもこぞって振り返る。涼し気な目元はいつも周囲を興味なさそうに一瞥し、薄い唇はピクリとも動かない。  俺は仙人みたいなじいさんが「ナギは男だ」と教えてくれるまで、こいつには性別なんてものがないんじゃないかと思いながら見つめていた。  ただナギは変わったやつで、休憩時間には特に会話に混ざることもなく俺たちのそばに座っていた。普通、一人になりたいやつってのは離れて座るもんだと思っていたが、あいつは俺たちのすぐ横に座るのだ。  そうして相変わらず適当な視線を俺たちに向けながら、ミネラルウォーターをちびちびと飲んでいた。
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