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ある賭け狂いの倒錯
キィィン、とコインが指で弾きあげられる音が鳴った。
「飛ぶ」
「いいや、飛ばない」
俺たちは互いに自分の財布から札を十枚取り出し、テーブルに置いた。
アパートの二階の自室から、向かいに出来たばかりのマンションを見上げていた。屋上に、女の影が見える。月明りではよくみえないが、女子高生と思しき制服を身にまとっていた。
「飛べ、飛べ、飛べ、飛べ……」
窓を開け身を乗り出すようにして、ナギが小声でつぶやき続ける。長い茶髪の奥で、いつもは氷みたいに冷たい目が熱を帯びてギラついていた。女のように細く白い横顔が、マンションの光を受けて輝いているようであった。
「飛ぶわけない。もうずっとあそこで立ったりしゃがんだりの繰り返しだ。出来やしない」
視線の先で女子高生が一度、屋上の奥に消えた。そして、次の瞬間――
勢いよく屋上の柵を飛び越え目の前の道路めがけてダイブした。
「よし、飛んだ!」
ナギがテーブルのうえに置かれた俺の金に手を伸ばしたとき、曇り空に打ち上げ花火をぶち上げたようなくぐもった轟音が響いた。
「くそっ! これで今月の稼ぎの半分がパァだ!」
「まだですよ、テツヤさん」
金を乱雑にテーブルに放り投げ、ナギが言った。舌なめずりをするように唇を舐めて、人差し指で窓の外を指した。
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