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「あれが生きてるか死んでるか、賭けません?」
指先にコインを挟んだまま、俺を挑発するように人差し指と中指を動かした。
「のった。生きている方に十万」
ナギがコイントスをして、濡れた唇から白い歯を覗かせた。
「死んでいる方に、十万円」
向かいのマンションは十階前後。女は確かに足を地面に向けて飛んでいた。
俺は以前、七階から飛び降りて足と腰を複雑骨折しながらも生きながらえた女のニュースを見たことがあった。脳みそと心臓さえ無事なら、賭けは俺の勝ちである。
ナギが俺に部屋のすみっこに転がっていた小さな望遠鏡を手渡した。賭けを持ち掛けたやつが後攻ってのが俺たち二人のルールだ。
マンションの茂みの奥をさらうようにして、女の姿を探す。赤いどろまんじゅうのようになった女が、マンションの植え込みであるかなきかの身じろぎをしていた。
「俺の勝ちだ」
ナギに望遠鏡を押し付けて、テーブルの金を財布に戻して枕元に放り投げた。すると俺のそでを引っ張るようにしてナギが言った。
「せっかちだなぁ、テツヤさん。次は……アレの命が助かるかどうか、賭けません?」
嬉しそうに微笑んだナギが、119と表示されたスマホのディスプレイを俺に向ける。俺は車のキーを取り出すと、ゆっくりと頷いた。
「助かるほうに、十」
再びナギのコインが中空を舞った。ナギの手のなかで、コインは裏面に置かれていた。
「助からないほうに、二十。……もしもし、救急です。場所は……」
ナギが通報する声をぼんやりと聞きながら、俺は視線を女に戻した。女が死ねばずいぶん財布が寂しくなっちまう。俺はすっかり赤く染まった植え込みの隅っこにしかめっ面を向けて息を吐いた。
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