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「……あれ?」
毎朝登校を共にして十年以上。幼馴染が朝に弱い事はよく知っていたが、時間にしっかりした男である事も知っている。オレが迎えに行っても尚、家から出てこないなんて事、今迄に一度だってなかった。
幾らしっかり者とて幼馴染も当然の事ながら人間である。ならば一度くらい寝坊の様な迂闊を仕出かして不思議はないものの、何故か焦燥を感じオレは何度目かのチャイムを連打する。
漸く開いた扉は、しかし望んだ姿ではなく、本来であれば有り得ない人が其処には居た。幼馴染の両親は忙しく、朝早くに出掛けてしまう。其れ故、特に中学に上がってからは彼等の姿を見た事など無かったのだが、其処に立っていたのは会うのが久方振りとは言え忘れようのない幼馴染の母親の姿。
しかし其の姿は記憶と大いに異なっていた。膨大な仕事を抱えようと其れこそやり甲斐とばかりに真っ直ぐな目をし、しかし母親としてはやさしく幼馴染やオレを見つめていた女性。其の双眸には動揺が露わになり、頬もすっかりとこけ、どんなに忙しかろうと美しく整えられた髪は竜巻にでも巻き込まれたかと思う程乱れきっている。
オレの名を呼んだ唇も、さながらひび割れた大地かと言う程荒れきり、わなわなと震えていた。そんな中辛うじて聞き取れた「あの子は、あの子はね、」の声に嫌な予感が一瞬で胸を支配し、オレは其の場に靴を脱ぎ捨て、幼馴染の家へと上り込んだ。
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