其れは、綺麗な床へと落ちる。

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 背後から聞こえる、制止を促したいと思しき声すら気に留めていられない。散々通い慣れた幼馴染の自室の扉を、半ば蹴り破らんばかり勢いで開け放ち、途端鼻を突いた異臭にオレは吐き気を覚え其の場に座り込む。  幼馴染は幼い頃より綺麗好きで、其れ故自室は何時訪れても美しく整えられていた。しかしそんな面影は無い。  常に磨かれていたフローリングには様々な液体がぶち撒けられている。黄色味がかったもの、半透明のもの、茶色いもの、赤黒いもの。異臭の根源は其れだろう。吐瀉物、糞尿、血液。  蹲り、項垂れていた顔をおそるおそる上げれば、基本的な家具の他特に飾り気ない見慣れた幼馴染の自室に、見慣れぬインテリアが一つ、ふらりと揺れている。  見慣れたパジャマを纏って、しかし床を汚す様々な液体で同じ様に汚していて。  料理が得意な幼馴染はよくオレにも手料理を振る舞ってくれた。そんな時彼の左手にやけに馴染んでいた、慣れた手つきで繰っていた見慣れた包丁は、しかし今本来置かれているべきキッチンではなく、見慣れた左手でもなく、見慣れぬインテリアの胸元に刺さり、其処を中心に赤黒い染みが広がっていた。  嗚呼、分かっている。ふらりと揺れる見慣れぬインテリアは、幼馴染の首吊り死体であると。首吊りの末路として弛緩した体が糞尿を撒き散らした故の異臭であり、床の汚れであると。其れは分かっている。しかし、理由が分からない。何故、アンタが自殺に至ったか。其れも急所こそ違えていたのだろうが胸を突き刺し、首を吊るなどという方法で。万一にも助かる道を確実に塞ぎゆく様な手法で。  昨日の別れ際は極々普通、十年以上続いた何時も通りの別れ際だった筈である。其れなのに何故、変わらず訪れる筈だった明日は、此れ程変わり果てた姿でオレを迎えたのだろう。  力無く呆然と項垂れるオレの制服から音を立てて小さな袋が落ちる。そう、今朝の登校は確かに十年以上続いたものと異なるものになると、思ってはいた。アンタの好きなメーカーのイヤーカフはオレのピアスと揃い。其れが。
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