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ファリファンはチュニックの裾を踏まないようにたくし上げ、岩場の凹んだ部分に足先を引っ掛けた。
「おーい、無理すんな」
兄・ラムドが岩場の端から身を乗り出すようにして、見下ろしている。
危ないのは自分ではなく、彼の方ではないのか――。
だが、それを口にすることはなかった。
「マジで、落ちるから! そこにいろよ!」
執拗く中断を促すラムドから顔をそむける。
喜怒哀楽――そういった感情が生まれつき欠落している氷心症の診断を受けているファリファンは、それが間違いであることがバレないように、無表情でいるよう努めていた。
「おい、集中しろ!」
身体を支える両手足の先に力を入れて、登っていく。
上からさらにその上の様子を眺めたい一心だった。
「すげーな。登れたじゃねぇか」
差し出された手を掴んで引っ張り上げてもらう。
ファリファンを見つめるその顔は緩み、割れた口元からは白い歯が覗いている。
「ほら、見ろよ。あれが最後の海だ」
ラムドが指さす遥か彼方の天上には、薄っすらと闇色に染まる水面が小さくうねっていた。
「夜になれば、あの海の向こうにある星が透けて見える」
「うん」
天空を覆っていなければならない海は干上がり、燦々と照らす太陽の熱で大地から緑は失われつつあった。
世界の終わり――だれもが予感していた。
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