プロローグ 世紀末、かつて天を覆っていたもの

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「なぁ、ファリファン。お前、心がないなんて、ウソだよな? 氷心症になんか当てはまらないだろ――なんで何も言わないんだ?」  口の中で転がしていた飴玉を呑み込みそうになってしまう。  慌てて吐き出したそれを掌で受けとめた。 「偶人(ぐうにん)認定なんて、取り消してもらえよ」  国からその指定を受けると、認定者の食べ物の配給が引かれてしまう。  ――が、薬の配給は優先的に受け取ることができた。 「お母さん、もうすぐ赤ちゃんを産むから。それに……」 「――それに? 何?」  確かに、氷心症とは違う。  感情を表に出せない理由は他にあった。  けれども、それを話したところで信じてなどもらえない。  それどころか、怖がらせてしまうことになる可能性の方が高かった。  掌にのっかっている飴玉を差し出した。 「ファリファン、氷心症は心がない人形のような状態の人のことを指すんだ。お前は明らかに違うだろ? いったいだれが言い始めたんだ?」  ラムドが指先でつまんだ飴玉を口の中へ放り入れる。 「もういらないから、それ」  ファリファンは岩場の端に腰を下ろした。  天空を覆っている水面を見上げる。 ラムドの父・モルワと再婚した己の母親の姿を揺らぐ波間に探す。  身重の母・リーアムは疎開地にいた。
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