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「あぁ、本当だ」
ファリファンは極力顔の表情は変えないようにしていたが、それでも目を瞬かせてしまっていた。
ラムドが口の中で砕いた飴玉の破片を取り出し、ファリファンの口の中へ押し込む。
「啼いてるんだよな。俺にもそのようにしか見えない」
ファリファンは、視線を下げた。
膝を覆っているチュニックの模様を見つめる。
舌裏の付け根に挟んだ小さな破片は、唾液と絡み合ってすぐに溶けていく。
ほとんど味のない液体をコクッと飲み下した。
「あのね……わたし、前世の記憶があるの……」
氷心症ではないと言えないのは、そのせいでもあった。
感情を押し殺さなければ自分を見失ってしまうからだ。
前世で愛する男に殺された恨みと哀しみは、あまりにも大きかった。
感情を殺していくうちにそれが自然体となっていた。
今では氷心症だと自身ですら思ってしまうほどだ。
「ファリファン……」
その声の調子からラムドが戸惑っているのは、明らかだった。
「だから、このままでいいの。それに、感情がどういうものなのかも忘れちゃったから」
ラムドがファリファンの膝の上にある手に自らの手を重ねる。
「自覚できてないだけだ」
「心は、もうなくなったのよ」
「なくならない。ファリファンは本当の氷心症を知らない。偶人と呼ばれる人達は、そんな風にしゃべったりはしない」
視線を上げると、ラムドが覗き込んでいた。
「彼らは、感じることができない。星が啼くなんて思わない」
ファリファンは、包み込むように重ねられた手の厚みと温もりを感じて身体の緊張を解いた。
強張る胸の内も和らいでいく。
「俺が自覚させてやるから」
ラムドの深緑色の瞳が踊るように輝いている。
突如として不自然なほど早く鼓動を打ち始める心臓に、ファリファンは戸惑っていた。
(息苦しい――のは、なぜ?)
その疑問がすべての始まりを意味しているなどとは、想像すらつかなかった。
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