サプライズ・シーフ

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 私が喜ばなかったので彼は困惑した。本当にこの人は少女漫画のセオリー通りに私が泣いて喜ぶと思ってたんだ、と私は心底呆れた。この手が少女漫画に登場するのを見たことがあるか?彼の中ではスギタさんの手が、全ての女性の手なのである。このテーブルに置かれた無骨な手を、ただそういう形の物体としてではなく私の手だと、彼はちゃんと認識しているのだろうか?  私は既に、指輪を一つ嵌めていた。右手の人差し指にだ。シルバーの精密鋳造の授業でつくった。石留めを施した指輪を二つ、という課題だった。私普段指輪つけないんだよな、と思うと良いアイデアが浮かばず、課題作品のうちの一つは、小学生の頃毎月読んでいた少女漫画雑誌の、指輪とかブーケとかドレスとかの写真がいっぱい散りばめられた「○○(漫画のヒロインの名前)のウェディングノート」みたいな付録に載ってたエンゲージリングを思い出しながらつくった。なんだ自分も少女漫画に憧れてんじゃん、て思われるかもしれないけど、私は指輪ケースパカっのシチュエーションに憧れていたわけではなく、その付録に載っていた指輪やブーケやドレスがそのものとして単純に、素敵だと思っていたのだ。どうせつくるならそれっぽく、サイズも左手の薬指に合わようとしたのだけど、実際に鋳造したらワックス原型よりも〇.五号くらい縮むと先生が仰っていたので、用心して原型の段階から穴を大きめに削ってたら削りすぎて、結局薬指にはブカブカになった。私の指は、小指、薬指、中指、人差し指、親指、と順番に太くなっている。左の人差し指にも若干緩くて、右の方にはぴったりだった。外側は鏡面仕上げにして、内側はわざと磨かなかった。格好良いかなと思って。先生から、内側ザラザラ、とご指摘を受けると、やっぱり外側と同じように磨いた方が良いような気がしてきて、でもそれを先生に申し上げると、暫くつけてみて違和感あったら磨けば良いじゃん、と仰っていただき、それもそうだと思って、以来毎日つけている。今のところ特に違和感はないし、それにこれ以上内側を磨いたら現段階で唯一ぴったりのこの指にもユルユルになってしまいそうなので、このままで良いかなと思っている。因みに課題作品のもう一つの指輪は、親指に対しても緩いサイズになってしまった。
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