陰陽と清濁と

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ーー男は、もう、いつその身の時を止めてもおかしくない状態だった。床から起き上がる力も無く、指先一つ動かせられない。骨と皮だけの状態で背中はおそらく床擦れが出来ているはずだが、痛みすらもう感じない域に達していた。 それでも、その目から力が失われる事は無かった。 生きたい。 という生への執着などでは無い。自らが精魂込めて鍛え上げた、傍らに侍らせている剣を託さなくては、死ぬに死ねなかった。託す相手はたった一人。その一人が、いつ男を訪ねて来るのかは、知らない。解らない。それでも託せる相手は彼女だけ。今日来るか、明日来るか。一月後か、半年後か。 訪ねて来る。それだけは確信していた。 剣は男の人生そのものだった。まさに命を削って鍛え上げた代物。これの主人となれる者がこの世にいるのかすら解らない。それでも、男は自分の生きた証として剣を鍛えた。その証も、託す相手が来なければ意味が無い。男は、ひたすらに待った。 日の半分は意識が混濁し、食べもせず水すら飲まず、眠ることで体力を温存し、昼夜を過ごす日々を送って十日余り。男の待ち人がようやく現れた。但し、男の予想は半分だけ当たっていたというべきか。 ーー剣を託せる女性は、一人では無かった。
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