陰陽と清濁と

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「何故っ。何故このような姿に……。一体、いつからだ」 待ち人の声が耳元で聞こえて、男は薄っすらと目を開ける。混濁した意識から無理やり覚醒して、まるで大海に沈んでいた身体を浮上させるように意識がはっきりしてきた。 「姉弟子……」 「弟よ、いつからこのような……」 何日も水すら口にしていない男の声は掠れきっていて、聞こえない。女は口元に耳を当てて男の話を聞こうとした。彼女は、男が刀工として身を立てるために師事を仰いだ人物の姉弟子だ。男の師には、彼女の他にも何人もの弟子がいて、正直なところ、男には師から特別目をかけられる程の腕前など無かった。 男も自分の実力は分かっていた。それでも師の元を離れる気など無かった。……姉弟子との事が無ければ。男は、姉弟子の優しさに包まれて姉弟子に惚れ込んだ。男の生涯で唯一惚れた女だろう。結婚を申し込むために一人前にならなくてはいけない、と思い、益々修行に励んだ。 しかし、男の気持ちに全く気付かなかった姉弟子は、別の兄弟弟子と恋仲に陥り、やがて師にも認められる仲にまで発展していた。その頃になって、ようやく男は、姉弟子が自分を男として見ていたわけではなく、ただ弟弟子として接していたのだと知った。 それが解ったからといって、男は姉弟子を忘れる事も出来ず。自分の実力も解っていたために、師に願ってそこから旅に出た。
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