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駅から家に戻る途中の空地。
横に建つ崩れかけた古い家屋は、子供の頃からさびれて歪み、道路からの視線を微妙にさえぎるため、近付かなければ人目につきにくい場所だ。
かろうじて防犯用に取り付けられた街灯の明かりの中に、体格のいい幼馴染み兼恋人の姿を見つけて、俺は自然と笑みがこぼれる。
「当麻!」
一週間ぶりの再会で我慢できず、子供のように叫ぶ。
残業帰りにSNSで呼び出され、俺はくたびれたスーツ姿のまま駅から駆けつけていた。
「どうしたんだよ、平日に突然」
「ごめん・・・」
いきなり頭を下げて謝られ、驚いて足を止める。
お互い仕事が忙しい働き世代だ。上司や部下に挟まれて気苦労も多く、体力の衰えを感じる最近は、飲みに誘える時以外は、もっぱら週末の逢瀬が暗黙の了解になっていたからだ。
それなのに頭を下げる当麻の様子が、いつもと違った。
「んなっ、別に平日だってからって、なにか用事があるわけじゃないからさ、会えるんならいつ呼び出されても俺は嬉しいけど・・・」
「上司に見合いを勧められた」
「え・・・」
耳から入ってきた言葉の意味が、一瞬飛ぶ。
「断れなくて会ったら・・・・・・ひと目惚れした。付き合いだしてもう、ひと月経つ」
「・・・っ」
「今度、その女性と結婚しようと思う」
「けっこ・・・女性!?それってーーっ」
「別れて欲しいんだ」
静かな声で、胸の辺りを刺された気がした。
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