1つ目:小川三水の小さな決意

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ああしまった、ついうっかりしてしまった。 「あ、小川三水はペンネームです 本名はそれです」 「それですって、ちゃんと口頭で言ってくれないと確認したことにならないよ」 正直言いたくなかったが、しぶしぶ言った。本名を人に言うのは何年ぶりだろう、いつまで経っても恥ずかしさが先に立つ。 「これ本当にあなたの免許証? 顔写真はあなたのようだけど」 「名前、あんまり好きじゃないんですよ 私を見れば分かるでしょ」  中年オヤジで御座候といういでたちの私を警官はじろじろと私を見まわした後、納得したようで後ろを向いて書類を書き始めた。その際、その警官の口元が緩んだのが目に入った。だから言いたくなかったんだよ。  春になり、暖かくなってきたのもあって、つい遠出してしまったのは失敗だったな。この警官かなり疑っているようにみえる。 夏は通り魔、秋は空き巣、冬は放火そして春は変質者が多い。 ましてや今日の私は、黒のパーカーに黒系のジーンズ姿、はたから見たら確かに怪しい。これを機会に少し身だしなみに気をつけることにしよう。三十分程の問答の後、やっと解放された。 やれやれ、験直しに何処か寄りたいが、時間も遅いし、また職質されても困る。とっとと帰ることにするか。  住宅街に目をやる、まだ明かりがついている家がちらほらある。あの中の何処かが、通報したんだろうなぁ。あまり見ていると、またいらぬ誤解を受けるかもしれないから、すぐに目をそらし帰途についた。  歩きながら夜空を仰ぎ見、月に目をやる。やっぱり少し欠けているな。  ああ、はやく売れて有名な小説家になって、ペンネームの方が通り名になるようになりたいな。 少し欠けたお月様におねがいをした。 ーー 了 ーー
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