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それは私が高校三年生になった春のこと。
キッチンで夕食後の片付けをしていると、いつも明るく陽気な養父が、珍しく難しい顔でやって来て語り出した。
「本家の橙子ちゃんが重い病気にかかったらしい」
とうこちゃん、と言われても私には誰のことなのか、その時はわからなかった。
「本家って、お祖父さんの実家だよね?」
その本家とやらは同じ市内にあるみたいで、養父たち一家は年に何度か行っているけど、私は養子だからか一度も連れて行かれたことがない。義兄の光希によると、ずいぶん大きな忍者屋敷のような邸宅らしい。
「うん。うちは分家にあたる」
「とうこちゃんって?」
「実はずっと内緒にしてきたけど、有希乃は本家に生まれた子で、橙子ちゃんはおまえの双子のお姉ちゃんなんだ」
養父はそこでガシッと私の両肩をつかみ、思いっきり引き寄せて抱きしめた。
「ちょっ……!」
「有希乃、黙っててすまん。本家の意向に逆らえなかったお父さんを許してくれ」
「え? とりあえず痛いから放して」
ふだんから欧米人かってほど過剰にスキンシップしてくる養父のハグには慣れっこだけど、こんなにぎゅうぎゅう抱きしめられたのは初めてだった。
「おい、なにしてんだよ!」
苦しさにうめいていると、隣のリビングにいた義兄の光希が気付いて、養父を引きはがしてくれた。
「セクハラだぞ」
「ええっ!?」
養父は涙目でわたしを見た。
「すまん、そんなつもりじゃなくてだな……」
「あ、いいよ、わかるわかる」
きっと私がショックを受けたと思ってのことだろう。親として愛情を伝えたかったとか、そういうありがたくも暑苦しい意味のハグだ。
「そんなことより、ちゃんと説明して欲しいんだけど」
私はつとめて冷静でいようと心に決めて、養父をじっと見た。
物心つく前、まだ赤ちゃんの頃からこの森沢という家で育った私は、本当の両親を知らない。養子だという事実を、この家族は包み隠さず教えて私を育てた。
有希乃という名前は、養父母が付けてくれたものだという。だから、私を産んだ人は必要ないから手放したんだと思っていた。実の親に名前すら与えられなかったということには、そこそこ卑屈に傷付いてもいた。
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