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「真田葵さんを、俺にください」
ある麗らかな春の日の昼休み。
秘書課の課長 天澤唯人が、総務部長の佐々木に対してよく通る低い声でそう告げた。
まるでプロポーズみたいな言葉に、総務部のフロアにいた全員が呆気にとられ、時間が止まってしまったような空気に包まれる。
「異議ないですね?いただきますよ?真田さん、どこ?」
課長の二言目で、フロア内がざわめき始める。
飲み込めない事態に返事をすることができないでいると、皆の視線が私の居場所を課長に知らせた。
タイルカーペットをトストスと 軽快に踏む音が、自分の席で俯いている私の背後でピタリと止まった。
「真田、葵…さん?」
「は…い」
渋々振り返って見上げる。
少し厚めの、潤いのある唇
スッと鼻筋の通った鼻
少し垂れ気味の、二重の瞳
濃いめの眉
それらが細目の輪郭にバランスよく配置された顔が、はるか頭上から私を見下ろしていた。
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