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「そう、東京から来たんです」
「ああやっぱり。お仕事ですか?」
彼は困った顔になり、あいまいに微笑んだ。
あ、よく知らない人にまずいことを訊いたか?
詮索するつもりはなかったが気を悪くしたかもしれない。そう思って亮真は焦る。仕事の話はよくないらしいとあわてて口を開いた。
「今が一番きれいですよね。今週末はお花見でおもての公園もすごく混みますよ」
ちょっと強引だったが話題を変えると、彼はほっとしたように見えた。
「いい時期ですよね、桜もきれいだけど新緑が。雪が消えて、山の色がどんどん変わるのが見てて楽しいし、ここは空気がきれいでいいですね」
その言葉で、彼が雪の残る時期からこの町にいたことを知る。となると、もう1か月くらいはいるのか。旅行にしては長い期間だ。
「東京の空気ってそんなに汚い感じですか?」
「うーん。空気が薄い感じ、かな。ここは緑の匂いがして、酸素が濃い感じがします」
酸素が濃い、なんて初めて聞いた。この町で生まれ育った亮真にはない感覚だ。これが当たり前と思っていることをそんなふうに表現されて、ふしぎな感じがした。
ゆっくりと彼が立ちあがった。
今度はふらつかず、手つかずの弁当を見て首をかるく傾げるようにして小さく笑った。
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