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僕が彼に拾われたのは冬になったばかりの寒い日の朝だった。
僕は寒さに震えていたけど、これが野良の宿命だとわかっていたし、もう動かない体は痺れて感覚なぞ、とうに消えていた。
もう、ただ死を待って、まだ薄暗い公園の茂みで僕はうずくまっていた。
そんな日に僕は彼と出会った。
彼は、汚い僕を何の躊躇いもなく抱き上げ、暖かそうなジャンパーの中に入れてくれた。
暖かかった。とても。
彼の部屋は、とても暖かくて、ほっとした。
いつかの記憶が僅かに僕の脳裏を横切った気がしたけど、それは気のせいか。
でも僕は不思議で堪らなかった。
こんな年寄りの野良を拾って、彼に何の得があるというのだろう?
その日から、僕は彼と同居することになった。
彼の名はユージといった。
一人暮らしのユージと僕。
ユージは僕に新しい名前を付けた。
「お前、キジトラだからキジローな」
なんて、安直。
人間なんてそんなものだ。
過去に幾つ、僕は名前を持っただろう。
もう、思い出せないくらい沢山の名前達は今、僕から消え去ったと思った。
ユージは優しかった。
無口で、無表情で、でも大きな無骨な手は優しかった。
もう、動かなくなった僕の足を、毎日さすってくれる。
毎朝、僕を拾った公園へ、同じ時間に散歩するのがユージの日課らしかった。
そして、それに僕を毎日連れていってくれた。
ユージの大きな腕に抱かれて、僕は早朝の道を、公園を‘歩く’。
どんどん冬はやってきて、朝は凍てつくようになった。
霜が降りた公園をゆっくり、ゆっくり‘歩く’。
時折そっとユージは僕を下してくれた。
僕の体で霜がサクッと折れる。
僕はそっと、匂いを嗅ぐ。
土を、木を。
すん、と沢山の匂いが僕の鼻腔を刺す。
僕はその瞬間が一番好きだ。
それから、またゆっくりとユージは僕とアパートに帰るのだ。
少し冷えた僕の体を大切そうに抱きしめるユージの腕は、暖かかった。
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