月下逢瀬

6/15
前へ
/31ページ
次へ
レオは一歩後ろに下がり、ようやく落下から救ってくれた相手を見ることができた。 一目でわかるほどに質の良いグレーの礼服。高い背に、さらりとした黒い髪と黒い瞳。 優しげながら甘いマスク。 …20代後半と思しき細身の男性が立っていた。 高貴、華麗、優雅。どの言葉を当てはめても見事に体現している、そんな佇まいに息を飲む。男に見惚れる、などというのは初めてのことだ。格の違う品とでもいうのだろうか。 このような華やかな場と縁遠いレオでさえ、その格の違いを感じて背筋を伸ばさざるを得ない。 レオは明らかに動揺していた。いつもは頭の回転が速い彼が二の句が継げなくなったのが良い証拠だ。 この男を前にしていると、中身が正真正銘男であるにも関わらず女の姿をしているという品云々の前に何もかもがちぐはぐで付け焼き刃な自分が、見透かされるような気がした。 その様子から、相手もレオの戸惑いを察したのだろう。なにやら恭しく唇を開いた。 「ご無礼をお許し下さい。助ける為とはいえ、女性の身に不躾に触れるとは。」 「そういう、わけじゃな…ありません」 また低いテノールの声。声さえも甘く、また脳天が痺れるような感覚を覚える。この男に抱き寄せられたのか、と思うと無意識に口調までもが乱れた。 このままではまずい。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

61人が本棚に入れています
本棚に追加