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あくる日、韓栄は婁舜に頼まれた資料を取りに行っていた。複数巻に渡る敵国の情報を記した資料を両手一杯に抱え、女軍師は歩く。
重い……。
韓栄の歩みはよたよたとしており、今にも転ぶ寸前だ。彼女は全精神を足元に集中して資料を運ぶ。
「!」
「うわっ!」
本当に足元しか見ていなかった彼女は曲がり角で人にぶつかってしまった。そのはずみで身体の均衡を崩し資料は散らかし、自分はその場に尻もちをついてしまった。
失策……!
散らばった竹の簡を見回し、彼女はさあっと青ざめる。
「不注意でした、申し訳ありません」
謝りながら起き上がろうとすると、目の前の青年が当然のように手を差し伸べていた。
大きな手。父韓蓋よりも大きく、平服から判別できるくらいしっかりと身体に筋肉が付いている。きりりとした眉と澄んだ焦茶の瞳の精悍な顔、おそらく武官だろう。その澄んだ瞳が彼女の顔を覗きこんでいる。
「いや、こちらこそ、怪我はなかったか?」
韓栄は戸惑いながらも手を取ると青年はぐいっと助け起こした。
「えぇ、大丈夫です」
「そうか、よかった」
青年は韓栄の無事を確認すると、周りに散らかった資料を見やる。
「この量を貴女一人で運ぶのは大変だろう、どこに運ぶんだ」
青年は黙々と資料を拾い集め始めるので韓栄は慌てて青年を制す。
「構いません! 一人で運びます」
「また転んだら手間だろう」
韓栄はそんな事ないと言い返したい衝動に駆られたが、助けてもらった手前何も言えず口を噤む。
「軍務室です。本当に、お願いしてもよろしいのですか?」
「ああ、通り道だからついでだ」
青年は、結局韓栄の倍の荷物を軽々と抱えてくれた。
……あっさりと持ち上げてくれたわね。
彼女は横で彼を見上げながら、流石武官と感心する。
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