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一人だけ、男性にしては華奢風な身体の文官が声をかけてきた。
「初めまして、教育係として一応直属の上司になる婁舜だよ。これから何かわからないことがあったら、遠慮なく僕に聞いて」
婁瞬は穏やかに微笑んでいる。韓栄は自分に嫌悪感を向けないなんて珍しい、と思いながらも一礼を返した。それから続いた言葉に韓栄は目を剥く。
「あー、僕くらいなんだよね、君をフツーに歓迎しているの」
心を読まれた……! この私が!
「上司を舐めてもらっちゃ困る。僕も軍師の端くれだからね」
婁舜がしたり顔で言った。韓栄は内心反省する。
確かに、目の前の人間の腹を読むことくらい軍師には造作もないことだろう。自分の表情には気を配らなければ。
「ありがとうございます。至らない点もあるかと存じますがよろしくお願い致します」
婁舜は目を丸くした。
「あれ、謙虚な発言もできるんじゃないか」
「当然です」
「しかしもったいないなー、せっかく美人なのに婚礼の話とかなかったの?」
韓栄は眉一つ動かさない。
「私は誰かの妻として平凡に生きるより独身でも自分の才を活かすほうが幸せに思いますので」
「そうか、嫁き遅れちゃったのか」
「なっ!」
韓栄の声が高くなった。婁舜はケラケラと笑い声をあげる。
「ごめん冗談だってば、だってあまりにも表情変わんないからさ。いいじゃん、気に入ったよ。よろしく韓栄」
この私を、揶揄ったの?
未だ笑い転げる上機嫌な婁舜とは反対に韓栄は少しムスッとしていると、士季が大きく咳払いをする。
「婁舜、それと新入り! 無駄口を叩いていないで書簡の整理でもせんか!」
結構な剣幕で怒鳴られたが婁舜はケロリとした顔で返す。
「もう士季様、朝からそんなにガミガミ言ってると頭に血が上って倒れちゃいますよ、齢なんだからぁ」
「喧しいわこのくらげ男が!」
確かに彼のふにゃりとした態度は、海に漂う海月の様だ。
「はいはい、さぁ仕事仕事!」
士季老人がきいきい言うのを袖にして、婁舜は飄々と書簡に筆をいれ始めた。
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