二章

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桂都に帰還した時、周囲が韓栄を見る目がやや変わっていた。 以前のように眉を顰める者は減り、代わりに驚いたような目をする者が多かった。 「やはり蛙の子は蛙か」 「女が大した者だ」 そんな声も聞こえてくるようになった。 そんな韓栄を、陽彪は自ら城門で待ち構えて温かく迎えた。 「韓栄! 話は聞いたぞ! よくやってくれた」 陽彪は手を握って彼女を労う。 「お役に立てて、光栄でした」 韓栄は微笑を浮かべて辞儀をする。 「さすが僕の部下だね」 韓栄の頭の後ろから陽気な声がする。 「婁舜殿」 婁舜は珍しく娘を見る父のような淡い微笑みを浮かべていた。 「よく帰ってきたね」 「お陰様で」 婁舜は一度彼女の頭を優しく撫でた。 ふと韓栄は、誰かからずっと見つめられていることに気付く。白い鬚を撫でながら、話しかけたそうな素振りを見せる。崔国との同盟を真っ向から否定した、士季だ。 「士季殿」 韓栄が声をかけると、彼は気まずそうにぷいと顔を横に向ける。 「無事同盟を結んできましたよ」 「ふん」  士季はそっけなく返事をする。 「このぐらいで調子に乗ってもらっては困る」 「承知しております」 「わしはまだ認めてないからな」 そういい捨てると士季はスタスタと城内に戻っていった。 「あれで結構心配してたんだよ」 婁舜はこっそり韓栄に耳打ちした。 「韓栄」 やや嗄れた声が彼女の名を呼ぶ。若い頃からの神童と名高い丞相の張明だ。韓栄はびっくりした顔で彼を見る。彼は優しい声色で彼女を労う。 「良くやってくれたな。五十年の膠着(こうちゃく)状態を融かした功績は大きい」 韓栄は恭しく頭を下げる。 「お褒めにあずかり光栄ですわ」 「韓蓋はとんでもない娘を遺してくれたな。私の予想以上だよ」 「恐縮です、丞相」 「その頭と度胸、野心があれば、お前は何処にでも昇っていける。期待しているぞ」 韓栄は悠然と微笑んだ。 「その期待、必ず応えてみせましょう。韓蓋の娘の沽券にかけて」
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