勇気の旅人

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勇気の旅人

その露天風呂は、いつか読んだ「伊豆の踊子」を、僕に連想させました。 温泉宿以外に辺りには何もなく、温泉からは下を流れる川と、秋にはさぞかし美しく映えるであろうカエデの森が一望できました。 春が過ぎ、蝉の鳴き声も段々と激しくなってきた6月の半ば、ある種自分探しの旅の気持ちで、僕は伊豆のとある旅館に一人で来ていました。 本当は冬の時にでも来て、雪の冷たさと温泉の暖かさを堪能したかったのですが、如何せん今の時代ホテルなんかよりも実は旅館の方が宿泊代が高く、アルバイトでようやくお金が溜まった頃には、すでに春の兆しをあちこちで見かけてしまったものです。 しかし労働の甲斐もあって僕は今ここにいるので、文句は言えません。 かけ湯で体を流し、いざ外へ出て見ますと、僕以外にお客さんは見えませんでした。 女湯の方からはちらほら話し声が聞こえるのですが、次第にその声も一人、また一人と聞こえなくなり、とうとう誰もいなくなってしまったのか、あたりは風に靡く木々の音と、川の流れる音で支配されてしまいました。 まさにゲームやアニメに出てきそうな、幻想世界。     
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