勇気の旅人

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その空想的でどこなノスタルジックな景色に、僕は思わず喜びを抑えきれず、誰もいないのをいいことに、勢いよく湯船に飛び込みました。 露天には今飛び込んだ温泉以外には長いベンチしかないくらい酷く簡素だったのですが、それでも僕を満足させるには十分の設備で、汗水垂らしてお金を貯めてよかったなぁと思うほどそのお湯もまたちょうど良く、もう初夏だというのに、体の芯が温まる感覚が酷く心地よく思われるのでした。 「いい湯だなぁ」 誰に言ったわけでもない言葉は、曇天の空へと吸い込まれていき、再び世界は大自然の音にかき消され、少しばかり冷たい風が、川の方から吹き上げてきます。 その風を顔いっぱいに受けて、僕は仕方なく石造りの湯船のふちにタオルを置いて、空を仰ぐことにしました。 そうして思い出される、都会でのダンゴムシのような学生生活。 初めは新しい友達もできて、希望もあって、それでいてまだ過去にすがれていたのですが、「何か」に、それをきっと人は「夢」は「希望」などと形容するのでしょうが、そういうものに向かって突き進んで行く人や、自らをしっかりと肯定し、それを世間に売り出すような形で自己主張をする人などを散々見てきたら、自分がなぜ田舎を飛び出してこんな都会に来たのか段々と分からなくなってきました。     
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