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……焼き上がったシフォンケーキの美味しい香りが室内を満たして、女子たちは歓声を上げる。重さでスポンジが潰れないよう逆さにひっくり返して、たくさんのケーキが並べられると、皆は調理器具の片づけに入った。
使ったボールや泡だて器を望実が流しで洗っていると、奈菜が手伝ってくれた。
「私が濯ぐわ」
「ありがとうございます」
器具の泡を汚れと共に洗い落しなかがら、奈菜は直輝の幼少期を語りだした。
「私、小さい時から偏屈な性格だったけど、直輝だけは庇ってくれた。私を『愛嬌がある』だとか『純粋無垢だ』とか、狭い村のなかで口にもないお世辞を言う人が、嫌いだったんだと思う」
奈菜の顔に、微かな嫌悪感が浮かぶ。
「私がこうして優しさに疑り深いからでしょうね。彼は、いつからか難しい顔をして笑わなくなってしまったの」
「わたしと初めて会った時も、ひどく素っ気なくされました」
「笑わなくなった代わりに、直輝は口笛を吹くようになったわ。嬉しい時、そうやって感情をアピールしたい気持ちがあるのかしら。だから私は……本当は知ってたの。私の前で口笛を吹かない直輝には恋愛感情はないんだって」
何もかもを吐き出したようにひどくすっきりした顔で、奈菜は洗い終わった手を白いタオルで拭う。
「彼を振り向かせたくて、あなたを羨んでひどいことを言ってしまってごめんなさい」
「いいえ、わたしこそ……」
「芳崎さん、あなたは村の子よ。あなたが私に媚びないのはよそ者だからじゃなくて、自分の人生の羅針盤を持った人間だからって、よく分かった」
奈菜の目が笑っている。
心を閉ざす冬の嵐は通り過ぎて、楽しいクリスマスパーティーが、始まろうとしていた。
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