5章 透明な痛み、冬の嵐

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 ……焼き上がったシフォンケーキの美味しい香りが室内を満たして、女子たちは歓声を上げる。重さでスポンジが潰れないよう逆さにひっくり返して、たくさんのケーキが並べられると、皆は調理器具の片づけに入った。  使ったボールや泡だて器を望実が流しで洗っていると、奈菜が手伝ってくれた。 「私が濯ぐわ」 「ありがとうございます」  器具の泡を汚れと共に洗い落しなかがら、奈菜は直輝の幼少期を語りだした。 「私、小さい時から偏屈な性格だったけど、直輝だけは庇ってくれた。私を『愛嬌がある』だとか『純粋無垢だ』とか、狭い村のなかで口にもないお世辞を言う人が、嫌いだったんだと思う」  奈菜の顔に、微かな嫌悪感が浮かぶ。 「私がこうして優しさに疑り深いからでしょうね。彼は、いつからか難しい顔をして笑わなくなってしまったの」 「わたしと初めて会った時も、ひどく素っ気なくされました」 「笑わなくなった代わりに、直輝は口笛を吹くようになったわ。嬉しい時、そうやって感情をアピールしたい気持ちがあるのかしら。だから私は……本当は知ってたの。私の前で口笛を吹かない直輝には恋愛感情はないんだって」  何もかもを吐き出したようにひどくすっきりした顔で、奈菜は洗い終わった手を白いタオルで拭う。 「彼を振り向かせたくて、あなたを羨んでひどいことを言ってしまってごめんなさい」 「いいえ、わたしこそ……」 「芳崎さん、あなたは村の子よ。あなたが私に媚びないのはよそ者だからじゃなくて、自分の人生の羅針盤を持った人間だからって、よく分かった」  奈菜の目が笑っている。  心を閉ざす冬の嵐は通り過ぎて、楽しいクリスマスパーティーが、始まろうとしていた。
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