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ただ……一つだけ困った事がある。御坊ちゃまがよく私を揶揄うのだ。使用人は年を取った人ばかりで、年の近い私が、一番気安く話せるのだろう。
「美佐。知ってるかい? 西洋人は人間の血を飲むんだよ」
「それは……赤い葡萄酒を飲む姿を、見間違えたからではありませんか?」
「もちろん。ほとんどの西洋人が飲むのは葡萄酒さ。でもね……羅馬尼亜に昔、ドラキュラ伯爵という人がいてね。その人は本物の人間の血を吸ってたんだよ」
また御坊ちゃまの揶揄いかと身構えて、動揺しまいとしたのがいけなかったのかもしれない。御坊ちゃまは唇をとがらせて肩をすくめた。
「信じてないようだね。ドラキュラ伯爵は化物なんだよ。影が無く、鏡に映らない。蝙蝠に姿を変えて空を飛ぶ事もできる。大蒜と十字架と太陽の光が苦手で、昼間は棺桶の中でひっそりと寝て、夜にだけ活動するんだ。そしてね……」
御坊ちゃまの手が私の首を撫でる。思わずぞくりとした。
「犬のように牙があって、若い女の首筋に噛み付いて血を吸うんだよ」
御坊ちゃまの掠れた声が恐ろしく響く。まるで御坊ちゃまが血を吸う化物で、今まさに私の血を吸おうとしているかのように、生々しくて。
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