第四章  *お江戸の娘は負けませぬ*

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 2・  奈美を人身御供にして、吉宗様の怒りから逃れた月光院様だったが。やはり西の丸に引き移るのは、逃れられぬ運命であった。  当然のことだが。家光様が隠居所に造営した御殿とはいえ、そこはやはり大奥とは比べようもなく狭い。  そこに一日中、天英院様と一緒に暮らすのである。ひと月と経たず愚痴を言い始め、今や前にも増して犬猿の仲。  何とか側室を我が部屋子から出そうと、又しても画策中だった。その画策を始めてからと言うモノ、夜な夜なうなされるようになった。  「部屋の隅に座る奈美を見た」・・だの、「座敷の前を通る奈美の足音を聞いた」だのと・・神経衰弱を起こして寝込んでいる。  噂を聞いた小笠原家では、大々的に法要を営んだが。法要の最中にお寺から出火して、本堂は焼け落ちた。  江戸の町では、「お奈美の呪い」だと、まことしやかに囁かれている。奈美の婚礼の折に月光院様から下賜された打掛を、鎮魂を込めて護摩壇で燃やしたのだが。火がついた打掛が舞い上がり、その火が燃え移ってお寺が全焼したのが噂のもと。  その打掛に白鷲が縫い取られていた事から。【(さぎ)むすめ火事】などと瓦版が書き立てられ、芝居の演目にもなりそうな勢いで噂が広まっている。  ますます月光院様の病は重くなり、この頃では寝たきりだとか・・哀れを誘う姿をさらしている。  天英院様は大奥の女主人として、奈美の為に祠を造り、丁重に祀った。  秋の日差しに、空高く金色の雲が映えるころ。  「奈美も此れで、やっと成仏出来ような」  一条の局を相手に碁を打ちながら、そんなことを言った。  碁の好敵手が欲しい天英院様は、この頃ではしきりに一条の局の現場復帰を促しているのである。  「のぉ、一条よ」  「あのリストラ騒ぎで大奥を出された右京は、もしかしたらたいそうに幸せを致したのかも知れぬのぉ」、大樂かにそう言うと。美味しそうに土産の金平糖を口に運んだ。  招きに応じて西の丸の天英院様を訪ねて来た一条の局が、その言葉に楽しそうに「ほっほっほ」と笑った。  今日は先日の無理なお願いを叶えてもらったお礼かたがた、右京の「懐妊」を知らせに来たのである。    
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