第四章  *お江戸の娘は負けませぬ*

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 そして、奈美。  妻と呼んだことも、一緒に暮らしたことも無かった奈美。  勿論、肌を重ねたことも無い。  大奥の都合で殺された奈美の、その儚い命を偲んで山寺の住職に頼んで法要を営んだのは、帰って来てから暫くたった頃だった。  飛騨の地に漂うシンとして静謐な空気が、幸薄くこの世を去った奈美を優しく天に導いてくれる気がした。  「若様、今日はキノコ鍋でぞざいますぞ。イワナの塩焼きも用意しますで、酒でも飲みなされよ」  由衣之介は、ふっとまた笑った。  「良いな。美味そうだ」  障子を閉めると、机の前に座ってまた陣屋で裁く揉め事の調べ書きに没頭した。  次の朝。  白く濃いもやが、宮川から立ち上る。  冬の寒さが近づいている証拠だった。川岸に立って、釣りざおを川に放り込んだ。由衣之介は釣りが苦手だが、この川にはご飯粒にさえ食いつくという雑魚がいる。  飛騨では「あぶらめ」と呼ばれているその小魚は、由衣之介が釣れる唯一の魚だった。  釣りざおを持って、川岸に佇んだ。  昨夜。また小紫の夢を見た。  吉原を出て、果歩という名に為った頃の小紫。何故だろう、彼は普通の女になった小紫にあきたのだ。  今から思えば、馬鹿だったのだ。  「手に入らないからこそ欲しい女だったのに、感嘆に手に入る小紫はつまらぬ女になった」、そんな事を思っていた。  「違う」、とやっと気付いた。  江戸の出世競争の渦に飲まれ、何も見えなくなっていた。  「利益に為る縁組みこそ、自分に相応しい」、と驕っていた。  「許せ」  「俺が馬鹿だったのだ」、傷つけて捨ててしまった。  其処には居ない小紫に詫びた。  ふと視線を感じて目を上げた先に、対岸に立つ小紫の姿が見える。濃い朝もやの中に立つ小紫だが・・足が無い。  ぶるっと震えた。  「まさか・・」、そんな事があっていいものか・!  まさか、俺の所為で命を絶ったのか。  釣竿を捨てると、川向こう岸に行く術を必死で探す。
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