第四章  *お江戸の娘は負けませぬ*

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 千代田のお城の御池のほとりで。  何時ものお散歩の相手を務めていた大岡越前から、不用意なあくびが出た。此のところ、詰まらぬ訴訟ばかりが増えて、寝不足がたたっていたのだ。  吉宗様が、意地悪くそれを見咎めた。  「余の相手は退屈かッ」  不機嫌なその声に、ハッとした。  拙いゾ。吉宗様はこのところの退屈を、儂を虐めて紛らわす気じゃ。  大慌てで、吉宗様が乗って来るような話題を探した。  「小紫のこの先の身の振り方を想うと、寝つきが悪う御座りまする。お許しを」  それと無く、話をふって見た。  「ウムム。アレは可哀想な事をした」  「今は如何して居る」、と聞いてきた。  喰い付いたな!  「薬種問屋の縁談も断り、小岩井由衣之介を生涯想って暮らすと・・健気な女心でござりまする」  こういう純愛話しを、何よりも吉宗様は好まれる。此処はチョットだけ。お話に捻りを加えよう。  「ところで上様、小岩井由衣之介は如何いたしましょう。今ではスッカリ飛騨国の高山陣屋で田舎武士に戻っておるとか」  「まだ独り身だそうに御座りまする」  「小岩井か、忘れて居ったわ。その様なモノもおったのぉ」、フン!と言う顔をした。  「色白の豆腐侍。たしか右京がそう呼んだのであったな」  あまり興味が無いらしい。  役に立たないものに対しては、酷薄なお方だ。  「アレは飛騨国で飼い殺す」、文句はあるまいと言う目をして睨まれた。  「では・・小紫にくれて遣っては下さりませぬか。さすれば小紫も落ち着き、この越前もゆっくりと眠れまする」  恐るべき癇癪持ちの吉宗様だが、御心は誰よりも優しく懐も深い。  「小紫に豆腐侍をか・・」  思案すること数分。  池の鯉が、ポチャンと跳ねた。  「よいぞ!くれて遣るわ」  機嫌よく、お許しになった吉宗様。  「では、配下の与力に小紫を飛騨国まで送らせまする。御恩情のほど、まことにありがとうござりまする」  芝生に手をついて、深々と平伏したのだった。
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