第一章  お江戸の恋模様

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 そんな話をした翌日、南町奉行の役宅に与左衛門とお吟は呼ばれたのである。  「お吟、元気そうだのぉ」  優し気な大岡越前の声が掛かる。  「構わぬぞ、面を上げい」  言われて、平伏していた与左衛門とお吟は顔をあげた。  「お吟よ、其方に今日来て貰うたのは外でもない。祝言の予定を聞かせて貰いたいのじゃ」  「もしも、其方が辰治が気に入らずに、返事に困っておるのであれば、辰治には他の娘を嫁に世話しよう」  「如何(どう)じゃな」  気難しそうな声で、キリッと切り出した。  「エッ!‥」  お吟の顔色が変わる。  「裁きを申し渡してより日も経つに、今だに祝言の運びに為らぬのは、其方は辰治が嫌いだと、そういう事なのであろう」  一人で、合点がいったと頷く。  「矢島与左衛門(やじまよざえもん)も、ワシのお裁き故に文句が言えぬのであろう」  迷惑をかけた、と詫びている。  「この話は、取り止めじゃな。変わりに、辰治には日本橋辺りの商家の娘でも、この奉行が世話を致そう」  「どうじゃ」、とお吟に聞いた。  「お待ち下さりませ」  お吟が、必死ですがった。  「お奉行様、お吟が悪うございました。お吟は辰治さんを好いております」  「美代鶴さんに悋気したお吟の、我がままで御座りまする。お許し下さりませ」  半泣きで、縋り付いたのである。  「しかと左様か。偽りは許さぬぞ」  大岡越前の睨みにも、必死で縋り付いた。  辰治が他の娘を嫁に貰い、その胸に抱くなんて、我慢できない。  お吟の可愛い娘心が、涙と一緒に溢れる。  閉められた襖に向かって、大岡越前が明るく声を掛けた。  「左文字組の祝言、決まったのぉ。サッサと支度にかかるが良い」  襖が静かに開いた。  次の間には、紋付き羽織姿の秀治と辰治が控えていたのである。  「辰治さん」  真っ赤になって、お吟が顔を伏せた。  「聞いたか、辰治。お吟は辰治に惚れて居るそうじゃ」  「しっかりと、捕まえておけ。お吟はじゃじゃ馬ゆえ、手綱をきつう締めて置けよ」
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