第一章  お江戸の恋模様

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 「心得まして御座りまする。お言葉、肝に銘じまする」  辰治が、頭を低く下げた。  声にも顔にも、感謝と喜びが溢れる。  「お吟、お前ぇは絶ってぇに逃がさん。おいらのもんだ」、ついでに決意も溢れる。  見ていて呆れるほどに興奮している辰治。  また、「ふふぉ・っふぉっ・ふぉっ」、と大岡越前が大きな明るい声で、バルタン星人のように笑ったのだった。  『これにて、一件落着!』  やっと一組目が決まったと、胸を撫で下ろした。  【・あと四組だ・】  左文字組の屋敷では、お茂が張り切って祝言の用意をしたものだから、いつも以上に力が入りまくりの祝言である。  仮親(かりおや)良晏(りょうあん)先生も呆れて見ていた。(武家の娘は町家には嫁げない。其処でいったん、お吟は町医者の養女に為ったのである)  招待客も、江戸中の人を呼んだのかと思うほど、沢山の人が屋敷中に溢れている。  さすがの大岡越前も、お茂の喜びように驚くやら、呆れるやら!  「お吟ちゃんがアタシの娘に為る、大事な日なんだからねぇ」  「江戸中の皆に、知らせたいじゃ無いか」  綿帽子(わたぼうし)白無垢(しろむく)姿。  十七歳の初々しい花嫁のお吟。  三々九度の杯を交わして、遂に辰治はお吟を自分だけのものにしたのである。 お吟がお色直しに席を立っている間に、兄の圭吾もお祝いを言いに寄って来た。  「あんな妹だが、よろしく頼むよ」  圭吾はこの妹が、あまり好きではない。サッサと追い出せてうれしい限りなのだ。  辰治がキツイ眼差しで、圭吾の言葉を受け止めた。  「お吟は、まだ歳はもいかねぇおいらの、大事な宝もんだった。取り戻した宝は、誰にも触らせねぇぜ」  (幼い頃は、妹のように一緒に育ったお吟。やがて可愛い妹は、愛しい娘に変わった)  辰治と圭吾が睨み合っている座敷に、美しい振り袖に身を包んだお吟が戻って来て、座がまた盛り上がり、二人の(いさか)いもそこまでで終わった。  「なるほどのぉ。矢島圭吾は使えぬわ」  横目で見ていた大岡越前が、心の中で呟いた。この頃、与力や同心どもを、厳しく観察している。  他にも使えぬ輩が、奉行所にはワンサカといる。掃除が必要であろう。  【整理整頓】  大好きな言葉を、口の中で低く呟いた。  その夜、お茂に送り出されたお吟は、辰治の待つ寝所へ入った。
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