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2・
「お茂、昔のお前ぇを見てるみたいだったぜ。お前ぇの花嫁姿も、綺麗だったなぁ」
かつての祝言の夜を思い出したように、秀治が囁いてお茂を抱き寄せた。
「いやだよぉ。照れるじゃ無いか」
恥ずかしそうにお茂が、秀治の胸に赤くなった顔を隠した。
弟の勝治はいつもの事とは言え、秀治とお茂の熱々ぶりを呆れて見ていた。
「誠に勝治の両親は、仲が良いのぉ」
良晏先生が、可愛い愛弟子の勝治に楽しそうに笑い掛けた。
秀治とお茂は筒井ずつの仲。
二人には、辰治とお吟にも負けない強い絆がある。
秀治は昔、窮地に陥ったお茂を救った漢だ。
お茂にとっては、命の恩人。
お茂と秀治の出会いは、お茂がまだ三歳だった昔にさかのぼる。
お茂の父は小さなチームを束ねる、大工の棟梁だった。
(商家の建物を仕上げるには左官や漆喰師、瓦師や瓦葺師。檜皮葺師、茅葺師などの屋根関係や、家の中をつくる建具師、畳師、指物師など、チームの力で完成させる)
外で仕事をする出職の花形である大工は、火事の多い江戸では引っ張りだこ。お茂の父も腕の良い大工だったから、お茂の家もそれなりに裕福だった。
二人は幼い頃から将来を誓い合った、和製版『小さな恋のメロディ』
「きっと一緒に為ろうな、お茂。可愛いお前ぇは、おいらの宝だ」
鳶職を束ねる家の跡取り息子は、お正月が来る度に必ずいつもお茂に、そう言い聞かせたものだった。
五つ年下のお茂は、秀治の大事な宝物だった。
可愛い桃割れの髪を結った少女が、銀杏返の似合う若い娘に育って行くのを、眩しい思いで見守っていた。
お茂は、きりっとした美しい江戸の町娘に育って行く。道を歩けば誰もが振り返った。
今の辰治と同じように、秀治は何時も思ったものだ。
「誰にも触らせねぇ。あれはおいらのもんだ」
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