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第三章 吉宗様の喧嘩
(尾張・熱田の湊)
大岡様は大忙し。
七月に入り、又しても月番が南町奉行所に移ったりして、リストラ娘の婚姻ばかりにかまけても居られない。
吉宗様も改革に忙しく、御庭に呼び出して忠相をイビッている暇がない。
わたわたと時が過ぎて、新たな不幸の種が大岡越前の知らない所で育ってるとは思ってもみなかった。
そこは紀州の熱田の港。
その沖に、入港しようとしている船が一艘あった。
黒鉄屋の持ち船・龍王丸。 帆には丸に黒の字がたなびく。
「右京、お前ぇは可笑しな女だなぁ。如何しても船に乗りてぇなんて言う廻船問屋の女房は、珍しいんだぜ」
潮風に吹かれて横に立つ、胸に晒しを巻いて縞の短い着物に達付け袴をはいた右京に、辰五郎が楽しそうに笑いかける。
右京は黒鉄屋の千石船に乗って、辰五郎の傍で、浅黒いその腕が逞しく舵を操る姿を、如何しても見たかったのだ。
七月、大阪まで行く廻船に乗り込む辰五郎と一緒に、千石船に乗り込んだ右京である。
留守番などは我慢ならぬ!
初めは右京の船酔いを心配していた辰五郎も、日が経つにつれて船に慣れていく右京の丈夫さに、舌を巻いた。
その日の熱田の港への入港は、大阪からの帰り。
夏の嵐が来そうな気配に、急いで熱田の港への退避を決めた辰五郎だったのである。
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