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藍はうつ向いていた顔をあげ、こちらに少し背を向けている雅巳の正面を見ようと回り込む。
「そんなことない。これからもっと楽しいことがあるはずでしょう。例えばほら、雅巳は昔から植物が好きで昔、私に押し花をくれたことあったじゃない。今だってそうでしょ。本に挟んでた栞、押し花だったもの」
聞いていた私は、彼女を憎く思った。
雅巳がどんな思いを抱えているのか、何となくでもわかっているなら、どうしてそんなに軽々しく言うのか。そう苛立ったのに、何処かで藍に頷きかける自分がいる。
どうしたらいい?
命を大切にしなければならないという、そんな約束をそれぞれが勝手に守っているだけでしかない。
「ならどうして、俺はひとりきりにしか感じないんだ」
囁くような声は、他人に向けられた言葉ではない。自分に、聞いているような声だった。
背中に冷たく触れられた気がした。堪えるように自分の腕を掴む。藍に掴まれたときよりも強く感じる。
玄関先の外のほうが明るいので、廊下側にいる私から見ると二人はまるで影のように見える。
「たくさん友達がいるじゃない。ねぇ、どうしちゃったの。雅巳、やっぱり変だよ。私が知っている雅巳じゃない」
「いつもの俺じゃないか」
雅巳の口調が柔らかいものになったことがわかった。
緊張した糸が切れたように息を吐き、つられるように藍は「なによ、こっちは真剣なのに。ねぇ? 」と忘れていないと思わせるように、私にも顔を向けた。その顔は見せつけているようにも感じ、私はただ困ったように黙っていた。
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