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 浩太専用にしていたメールフォルダを丸ごと消そうとして、一瞬考える。別れのメールだけ違うフォルダに移動し、残りを削除。最後のメールは少しの間残そうと思った。記念にとかいうのではなく、ただどういうメールがきて、私がどう返事をして終わったのか。少し残して置こうと何となく思ったのだ。  アドレスもそのまま残していたが、気まぐれに明日にでも消えるかもしれない。それはそれでいい。  形あるものは簡単に消えていく。削除するための選択のボタンを二度ほどを押せば綺麗に消えてしまうのに、彼との思い出だけは、まだ私の中で主張してくる。  彼との関係が始まった時の、あの心臓が跳ねるような思いはどこにいったのか。振り返って、あの時私が言った言葉は浩太を傷つけたのではないか。自分が傷ついてきた出来事なんかを思い出す。  どうしようもなかった。  傷ついたし傷つけた分、次の人への優しさにするしかない。いや、これは言い訳だ。本当は別れたやつのことなんてどうでもよくても、そう思っている私が嫌だった。だから、私は都合のいい言葉を探す。浩太には踏み台になってもらう。そのために、思い出して整理していくという儀式をしていくのだ。  薄い唇は友人が多く、楽しいことが大好きだとわかる話をよくしていた。付き合ってしばらくすると浩太にとって面白い馬鹿話でも、私にとっては面白くない話が増え始めた。面白かったらいいと楽観的な彼に時折ついていけなくなると適当に話を聞きながら、よく動く唇だなと恨めしく思うのだ。
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