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 やけにデートや合コンの話をしてくるから、これから予定しているのか。どっちだとしても歩美は私に聞いて欲しいと言わんばかりに話してくるだろうことはわかっていたが、聞いてみる。すると返ってきた言葉は予想外だった。 「違う違う。別れてくるの」  悲しさもなければ寂しさもない。今からちょっとカフェでランチしてくる、というような軽い言い方だった。彼女にとっては簡単な話なのかもしれない。  あまりに急な言葉に、応援すればいいのか、それとも慰めればいいのか迷って「そうなの」とプリントに書き込む手が止まる。  立っているのがしんどくなったのか、歩美は机を挟んだ向こう側にしゃがみこむ。そして机に置かれていた私のペンケースやペットボトルを退けて、たたんだ腕を置いた。その上にばっちり化粧されて顔が乗っかっている。  チョコレートを食べた後だからか、彼女は少し舌先を出してから話した。 「彼ね、キスもエッチも下手くそなの」  グロスで光る上唇が不満だと言わんばかりにツンと少し上向き、可愛いでしょとでも言っているようだった。  からかうようにわざと生々しい話をしてきたのか。歩美は続ける。 「好みの部分ってのがあるじゃない。手の長さとか肌の感触とか。結構大事なの。だからなんか違うなって思うと、今まで付き合ってきた人のことを思い出しちゃうんだよね。性格はあれだけど手は綺麗で良かったとか、キスは上手かったとか」 「フェチ、みたいな感じってこと? 」 「そうそう。そういう感じ」  歩美にとっていつもしている恋愛話でしかない。大した抵抗もなく話している。いつもならどうでもいいと思っていたが、今回は違った。違う世界にいると思っていた彼女の話に、私は興味が湧いた。
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