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「思い出してももう別れた相手だし、どうしようもないのにね。けど好きな部分とか感覚って、こだわりみたいになってて中々変えられないから困るの。好きになるのは一応全部なんだけど、そこから段々嫌な所が出て満点から減点されてく。で、嫌いになったから別れるってなるでしょ。なのに、よくよく考えると嫌いになりきれない部分ってあるから、結局好きな部分を残してさよならって感じで」  溜め息をつき、もう一個ちょうだいといって歩美はさらにチョコレートを口に入れる。開いた唇は何だか粘着質でべたつきそうだった。  あまり長続きしないが彼氏は途切れることなくいて、自由に遊んでいるというのが歩美だった。私と反対側にいるような歩美が、私と似たようなことを思い浮かべていたことに驚いた。  歩美なら別れると決めたらすぐ別れて、新しい彼氏と過ごす。そこには昔の男なんて持ち込まないと思っていたのだ。 「どうせなら全部嫌いになったら清々するのに、たまに思い出すから腹が立つ。出てくんなっていつも思う」 「確かにね」  私の場合、浩太の手は好みだったが動きは気に入らなかったし、薄い唇はただよく動くだけで欲しい言葉はくれなかった。あの唇から囁かれたこと、嬉しかった言葉もあの唇からもたらされたものだ。だからこそ、同時にあの感触も大きさも思い出す。だがそれは浩太に対してだけではなかった。過去になった人は時折、思い出される。  歩美は「なに、なんか意味深」と興味がある顔をした。甘い匂いを漂わせて立ち上がるが「何もないよ」と私は返す。その言葉を簡単に信じるようでは噂好きだと言われることはない。
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