中一、五月

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中一、五月

 毛虫が落ちてくる。三歩前を歩いていたヨリちんがギャーーッと叫んで走り出した。カエルみたいに股を外側に開いて、足を左右交互に落として跳ねるから、スカートがいちいちめくれてしまう。綿でできた夏服のスカートは軽くて、電車を待つあいだは前を鞄、後ろを手のひらで押さえておかないと露出狂みたいになる。 「ヨリ、パンツ見えてるよ!」  後ろで傘を差していたノダカナが笑いながら叫んだ。ヨリちんはさっきとは違う甲高い声でキャーーッと叫び、でもカエル走りはやめずにホワイトハウスに駆け込んでいった。ぴょん、ふわ、ぴぴょん、ふぅわ、動きがおかしいからめくれるリズムも変にずれていてCMみたいにキマらない。パンツは紺色に見えたので、もしかしたら体操着かもしれない。ノダカナは癖の強い引き笑いを発したまま小走りになって、ヨリちんを追いかけるように門をくぐっていった。  中学一年生だけ校舎が違う。ホワイトハウスと呼ばれているのは、呼び名の通り建物が白いからだ。一番新しくて、正門から一番遠い。アメリカにある同じ名前の建物より、まきちゃんはタージマハルって呼んだほうがおしゃれって言うんだけど、でも途中の道で毛虫がいっぱい降ってくるからそんなお城ってありえないよねと家で話していたら、お父さんが何度も、え、え、え、と言ってきた。お前留学したいのか? まだ難しくないか? ホワイトハウスには毛虫じゃなくてドーベルマンじゃないか? まきちゃんはクラスメイトか? 隣の席の?  めんどくさいから全部無視していたら、お母さんが代わりに答えた。違うわよ。学校の話。校舎、真っ白い、一番奥の、別のとこだったでしょ。まきちゃんは塾が一緒だった……、ああそうか、そういうことか、はいはい。  こういう返事をするから、聞いてないようで聞いていて、本当はただ構われたいだけでふざけた質問をしてるんじゃないのって思って、いちいち応えたくなくなるんだけど、お母さんはやっぱりお父さんに甘い。まあ、でも、みい、行きたいところに行って良いんだぞ。お父さんは応援するぞ。そう言われても、アメリカのホワイトハウスも、インドのタージマハルも、テレビや教科書に載っている別次元の世界の話で、いつか行ける場所のようにはあんまり感じられない。小さい頃から、この世のどこかは実在してもけっしてわたしの現実ではなかった。
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