中一、五月

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 駅の階段を上って左、十秒も歩けばすぐ正門。中庭を抜けて、車一台ぶんの幅の道をまっすぐ進めば区の保護指定樹林に囲まれたホワイトハウスが見える。そこから意外と急な坂道が続く。走れば十秒もかからないけど、五月に入って、毛虫が落ちてくるようになってからは、そこそこの距離だと思うようになった。  虫は嫌いだけど、傘をいちいち持ち歩くのはめんどくさい。音楽とか礼法とか移動教室のときは下敷きか、ルーズリーフを挟んだファイルで頭を守る。全校礼拝のときはポケット辞書みたいな賛美歌の楽譜しかないから、潔く諦めて歩く。ヨリちんはポケット辞書を知らなかった。私はおじいちゃんの部屋でカセットテープと一緒に見かけたことがあって、文字が小さかったのだけ覚えている。おじいちゃんはあんなに小さい辞書で何を調べていたのかは知らない。  雨の日は傘を差すけど、毛虫が降ってこない。ヨリちんは雨の日すら傘を差さない。たいてい、誰かの傘に入れてもらっている。ノダカナはマジで無理、耐えられないと言って、天気に関係なく折り畳み傘をちゃんと持ち歩く。  あたし虫イケるから、と言った沙織が、一度ふざけてノダカナの開いた傘の上に毛虫を乗せて逃げたら、ノダカナはその場に立ちつくして、とてつもない勢いで泣き出した。地響きみたいな、結構勇ましい泣き方で、面食らって笑い損ねたわたしは、オエーーッと心の中で言いながら毛虫を下敷きの端に乗せて道の脇に投げ飛ばした。傘の意味ないじゃんと思ったけど、ノダカナが鼻を真っ赤にして、あ、あり、あり、ありがとうと一生懸命言おうとするのがかわいくて、いいよいいよと言って下敷きをトイレで洗った。  後から謝ってきた沙織には、バカ野郎この野郎テメエとテレビで見たお笑い芸人のものまねをして凄んでみせた。沙織は殊勝な顔でマジでごめんと言ったのに、一瞬の沈黙のあと、だっふんだ! と白目を向いてきたので、意味がわからないままわたしたちは笑い転げた。ノダカナも怒りながら笑っていた。昔のギャグなんだって。白目はないよ。白目はない。女捨てすぎ、女子力ひくぅい。いいんだよ、別に選んで生まれたわけじゃないんだから。
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