1989年某日

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 山際が明るくなってくると、景色は急激に夜から朝に変わる。藍から薄青、そして白へ。黎明の空、山際から太陽がわずかに頭を出し、一瞬で世界が夜から朝へ塗り替えられた。 「うわーーーっ」  誰とも無しに、少女達が歓声をあげた。 「確かに、これ、見たら、神々しいって思うよねえ」  長い髪をひとつの大きな三つ編みにしている少女が、徹夜明けの朦朧とした意識の中言った。 「大いなるインティよって感じだよねえ」  セミロングの日本人形のような髪型の少女も、朝陽を眩しそうに見つめている。 「インカ帝国の神様か、マニアックだねえ、朝子は」    ショートカットの活動的な印象の少女が言った。 「何だっけ、太陽の神様って、アマテラス?アポロン?」  くせっ毛のやわらかくウェーブのかかった髪をポニーテールにした少女が自分の記憶の中から言葉を探す。  「ここはアマテラスって言っておいた方がいいのかな」  ツインテールの少女が答えた。 「いや、もう、何でもいいけど、確かにこれは神様感じるよねえ、拝みたくなる気持ち、わかるなー」  三つ編みの少女は眠そうに、しかしうっとりと朝陽を見ながら言った。  そこは、高校の屋上。天文部の合宿で、夜明かしをした朝の事。  流星群観測を終えての事なので、空が白む今頃は、流星群の方もピークなのだけれど、太陽が昇り始めてしまうと、目視で流星を追うのが難しくなるせいか、観測を終えて、昇る朝陽を皆で見た。  3年生がゼロ、2年生は2人、すわ、廃部か、と、危惧されていた、甘乃川女子高校天文部は、5人の新入生を迎え、無事、1年ぶりの合宿をする事ができた。  天体観測経験はあっても、流星群観測は始めてだった新入生5人は、始めての合宿でまずまずの記録を残しながら、晴天の夜明け、ドテラや毛布、各々防寒具に身を包みながら、いささか不格好ではあるけれどそれぞれ、合宿開けの空を見つめていた。 「ああ、今日、授業あるんだよね……」 「あと二時間くらいあるから、少しは寝とこ」 「あー、授業中寝そうだわ」  そう言いながらも、テンションが上がっていて、そのまま授業に行くことになりそうだ。 「朝食当番はそろそろ準備室行ってー」  一足先に部室に入って後片付けを始めていたメガネをかけた2年生がひとかたまりの1年生達にまとめて声をかけた。
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