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野瀬礼音。甘乃川女子高校二年で天文部員の彼女は、部活の後、『カシオペア』で少し時間をつぶしてから帰るのが好きだった。家庭の事情で、礼音は、祖父母と生活している。祖父母はよくしてくれているが、歳のせいか、耳が遠く、祖母と雑談をしようとしても、声を張り上げなくてはならず、ちょっとした会話もおっくうになってしまっていた。
「今、合宿は甘女会館でやってるよね」
おかわりのコーヒーを一口すすってから、礼音と同じく天文部員の原鈴香が礼音に語りかけるようにして言った。
「そう、山に近すぎて、流星群観測はしづらいんだよね」
ぼやくように礼音も言う。
「でも、甘女会館だったら、ベッドやお風呂もあるし、ちゃんとした調理場もあるでしょ?」
彩矢が尋ねた。
「あー、まあ、そうだけど」
礼音が唇を尖らせながら答えた。
「板の間にボロ布団、しかも屋上だから隙間風もあるし、若いからできたんだなあ、今思うと」
ぼやくように、けれど、昔を懐かしむように彩矢が言った。
天文部の合宿は、彩矢が高校生だった頃は、校舎屋上、塔屋を流用した地学準備室を拠点にして屋上で実施していた。(天体望遠鏡などの備品類が地学準備室にある為だ)しかし、校内のセキュリティ強化の為、施錠後の校内を生徒がうろつく事は望ましくないという事で、他の運動部などと同様に、甘女会館で行われるようになった。
甘女会館は、そもそも合宿の為の施設なので、宿泊についてはむしろ状況が改善されたのだが、甘城山のふもとにある為、一部見晴らしが悪い。惑星や月食などであれば大きな問題は無いが、全天を見回すようにして行う流星群観測を行うには、少々場所が悪かった。休日等で都合がつくようであれば、甘城山山頂近くにある甘乃川市のセミナーハウスを使う事も可能だが、夏休みなどの長期休暇などでないと予定を併せるのは難しい。
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