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このバス停に着いてからたった数分の間に、アカネは先ほどと同じ言葉を何回も繰り返していた。それに僕は辟易としながらため息を吐く。吐いた息は白く濁り、街灯が少なくすっかり暗くなったあたりに溶けるように、じんわりと消えていった。十月も下旬に入ると、徐々に冬が近づいていることが身に沁みるように伝わってくる。体は冬の寒さをすっかり忘れていて、耳はこわばり、足先は水風呂に浸したようにじわじわとかじかみ始める。アカネもその寒さに耐えるように、せわしなくゆらゆらと体を揺らしていた。
「センセイ、今何分?」
僕は腕に付けている時計を見る。
「十時五分」
時刻を読み上げると、アカネは驚いたように息を飲んだ。そして、凍えたようにぶるぶると大きく体を震わせる。
「うっそ、バス来るまでまだ時間あるじゃん!」
僕たちが乗るバスは、十時十一分にここを発車する。それまでの時間は、寒さに耐えるアカネにとっては無限に等しいほど長いのだろう。
アカネは、今度は壊れたおもちゃのように「寒い寒い」と繰り返していた。薄めのダッフルコートと、昔流行っていた短いスカート、そんな格好をしているアカネは、傍目から見てもとても寒そうに見える。白くほっそりとした太ももが、寒さに耐えるようにうっすらと赤くなりはじめた。僕がそこから目をそらし、首に巻いているマフラーに口元を埋める。それを見たアカネは「ずっるーい」とわめきだした。
「センセイばっか、暖かい格好でずるい」
アカネが話す度に、口元から白い靄がぼわっと広がっていく。
「……だから、俺言っただろ。もう夜になると冷えるんだから、少しくらい暖かい格好して来いって」
僕がそうぶっきら棒に返すと、アカネは頬を膨らませた。
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