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「だって、昼間暖かかったから大丈夫だと思ったんだもん! ねえセンセイ、そのマフラー貸してよ」
僕が首を横に振ると、今度は「センセイセンセイ」と何度も僕を呼びながら体を揺らす。その声は、次第に甘ったれた子どもみたいになっていった。
「お前、その『センセイ』って言うのやめろよ」
アカネがそう僕のことを呼ぶたびに、同じようにバス停に並んでいる人の視線がじろりとこちらを振り向く。その中には、まるで僕を監視するような感情も含まれている。それに居たたまれなくなった僕は、アカネにくぎを刺した。
「だって、センセイは、センセイじゃん」
「勘違いされるだろ」
僕がそう言うと、アカネは笑みを見せる。
「あは、インコ―教師に? じゃあ、何て呼べばいいの?」
「それ以外なら、なんでもいい」
「それじゃあ、『純ちゃん』は?」
隣に立つアカネが、首を小さくかしげた。
その仕草は、やっぱりどこか幸恵に似ていた。
僕が押し黙ると、それを「良し」と捉えたアカネは「それじゃ、センセイじゃなくて純ちゃんだね」と楽しそうに笑みを浮かべながら繰り返した。十年前は、そんな風に呼ばれていたことを今でもありありと思い出せる。
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