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アカネが笑みを浮かべるたびに、僕の胸に幸恵のそれが去来する。少し前までおぼろげだったその記憶は、幸恵にそっくりのアカネに出会ってから、額縁に入れられた絵のようにくっきりと形取られ鮮明になっていた。
幸恵は、絵を描くのがへたくそだった。どこか下手だったのかと聞かれると、答えるのは少し難しい。ただ、デッサンも色を塗るのもめっきりだめだったことは確かだ。幸恵は僕の叔母が運営する絵画教室に熱心に通っていたにも関わらず、十七歳で死ぬまでの間に上手くなる事はなかった。
「純ちゃんはいいよね、絵上手で」
僕が絵画教室で絵を描いていると、幸恵はよく僕の後ろから僕の絵を覗き込んできたものだ。高校二年生の夏から、美大の受験対策の一環として、僕は苦手だった石膏像のデッサンばかりを繰り返していた。あの頃の僕にとっては単調でつまらない作業なのに、幸恵は僕の絵を見ながらいつも同じことを言っていた。楽しそうに、笑みを浮かべながら。
彼女は、僕のことを「純ちゃん」と呼ぶ。この絵画教室で絵を教えている叔母が僕のことをそう呼ぶのを聞いて、それを面白がった幸恵もいつしかそう呼ぶようになっていた。
「純ちゃんは、美大に行くんだよね?」
幸恵は僕の真後ろに立ち、僕がせっせと鉛筆を滑らせているキャンバスを覗きながらこう聞いた。僕は深く頷く。
「そのつもり。そのために今こうやって教室通ってるんだし」
「そっか」
「幸恵は?」
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