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「……わかんない、どうしようかな」
振り返ると、幸恵は首を傾けていた。艶やかな黒髪が、幸恵の肩からはらはらと零れ落ちていく。幸恵はいつも髪を二つ縛りにしていた。
幸恵のあの言葉を今思い返すと、もしかしたら幸恵には自分の命の終わりというものが分かっていたのかもしれない。ただの僕の想像だったけれど、時折、幸恵が自分自身の事を話す時、掬い取った細かな砂が手の隙間から零れ落ちていくようなやるせなさを感じていた。
「幸恵は、今どんな絵描いてるの?」
趣味で絵を習っている幸恵に課せられた課題は、いつも僕とは異なるものだった。
「今日はね、花を描いてるの」
「花?」
幸恵の視線の先に、花瓶に活けられた赤いバラの花束があった。
しかし、幸恵のキャンバスはゴミ箱をそのキャンバスの中でひっくり返したかのように雑然としていた。パースが狂った机とぐにゃりと歪んだ花瓶、遠近法なんて無視したバラの花の重なり。それに、色だって赤ではない。紫や黄色、ピンク……茶色の花だってある。
「下手くそ」
僕が毒づくと、幸恵はへらりと笑った。
「いいの、私はこれで」
幸恵は、笑ったままそう言い切った。大きく胸をはり、自慢げに。
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