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東雲
乗車後まず私は、定位置に誰も居ない事を瞬時に確認し向かって行った。
「一番後ろの端」
この席なら誰が来ようと邪魔になる心配も無いと勝手に思っていた。それと…
眺めが良い。
東の空は薄明るくなっていた。一直線の雲に光が染みている。
席に着き窓枠に腕を掛けようとしたが冷たかったので諦めた。
冷えきった指先をゆっくりと暖め血の廻りを元に戻す。
車内で時折吠えるエンジンは脈々としていて生き物のようだ。
その生き物の脈は私の全身に伝わってくる。
早朝で少し頭痛がするため眠るか起きるかの境界をさ迷ったが、重い瞼は素直で休めることにした。
「・・・」
この生き物の脈は無意識になればなるほど直感的に響き渡ってくる。でもまったく邪魔ではない、むしろ安心感が生まれる。
しばらく眠った。
「次は○○公園前」
「バスが止まります。ご注意下さい。」
「(珍しいな…)」
少し興味が沸いたので再び重い瞼を開けることにした。
細い目で停留所を視ると1人かわいらしいケープ風のコートを着こんだ女性が待っていた。
「学生か?…あの荷物はなんだろう」
彼女は謎の荷物を抱えて乗車した後、きょろきょろと辺りを見回し私の隣(1番後ろの端…の、隣)に座った。
あれだけの荷物があれば広い場所を選ぶのは当然の事で、邪魔にならないと思っていた筈のこの席がほんの少し邪魔かも知れないと感じた。
「考え過ぎだ」
…目が覚めてしまった。
無理矢理寝ようとも思ったが、寝れたとしてもおそらく熟睡になってしまい寝過ごす可能性があると悟り諦めた。
「まぁ良いか…」
独りで納得していたが、お隣の彼女はまだ荷物をまとめている。
アンティークな鞄とメルヘンチックなキャリーバッグ、首にはフィルムカメラが掛かっていて、なんというか雰囲気の良い人だと思った。
彼女の髪はとても綺麗で、瞳には潤いがあって座り方もかわいらしくて…
その容姿といい雰囲気といい私は少しだけ羨ましいと思ってしまった。
私の髪も目も乾燥しきっていて、疲れきったサラリーマンのような寝方をしている。
「でもまぁ私はそれが性に合うから嫌いじゃないけど…何歳くらいなんだろう?」
服装から年上のようにも見えるが、どこか子どもののような面影もあり、またいつものクセで勝手に考えてしまっていた。
「・・・」
「…ません、あのぉすみません?」
「!(びっくりした)」
「これ、落としました?」
「え?、あ、」
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