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「ほら、これ使え」
車に乗ると、後ろの座席に置いてあったタオルをくれた。さすがに用意がいい。
「すいません。……ていうか、椿田さんの方が濡れてるじゃないですか」
「ああ、いい。大丈夫だ。クリーニング出すから」
わたしが右側に入っていた分、左肩から腕にかけて色の変わったジャケットを、脱いで後ろに放り投げようとするのを慌てて受け取った。
「そんな濡れたまま置いといたら皺になるし傷みますよ」
「……お前、いっぱしの主婦みてえだな」
「母にうるさく言われるので」
水気を吸い取るようにタオルを押し当てていると、隣で彼は煙草に火を点けて、わたしのすることを眺めている。
「……今日は、これからどこか用あるんですか?お仕事」
「いや?別にねえけど」
「もしかして、雨降ってるからってだけで車出してくれたんですか?」
車だと飲めないから嫌だ、って前に言ってたのに。
「俺の勝手だ。そんで、今日はどうする。どっか、行きたいとことか、食いたいモンとか」
「……椿田さんが良ければ、また泊めてもらえたら。家には、会社の飲み会があるから、遅くなったら先輩の家に行くと言ってきたので」
濃紺のスーツは、それ自体煙草の匂いが染みついていて、膝の上に載せていると、脱いだばかりの温もりも相まって彼を抱いてるような心持ちになる。
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